夫婦ごと

自分勝手、わがまま妻の「とも」と、押しが弱くお人よしの夫「とり」、二人の愛息子「ひよこ」の愛の風景…たぶん。

その時夫は凍り付いた−クリスマス前のお話−※超長文

おいしいパンがたくさん食べたいの」
そんな妻の一言で、夫婦はとあるホテルのビュッフェへでかけることにした。
「ここんとこ便秘だからお腹苦しい。食べられるかなあ。」
妻はぼやいたが、その程度の事が妻の胃袋に何の障害にもならないことを夫は知っていた。
「俺そんな食べられないから、息子見てる。妻がんばって食べてね。」
その言葉通りになることを妻は知っていた。

とりあえず二人は朝から何も食べずに会場へ向かった。

ホテルはきらびやかで、天井も高く、大きなクリスマスツリーも飾ってあり、華やかだった。
レストランの席に座ると、ベビーカーの中で喚く息子を夫が抱きあげた。
「息子見てるから、二人分取ってきてよ。」
頷く暇も惜しみ、妻は小走りで料理のもとへ。
90分の時間制限。妻は本気だった。

とりあえずパン3種類、サラダ3種類、ピザ、巻き寿司、稲荷寿司、ローストビーフ、マカロニグラタン、白身魚のフライ、アスパラのフライ、チキン、さつまいも・・
妻は数往復して大皿を運んだ。
夫は息子を抱きながら、自らの好物であるパインとグレープフルーツをボウルに山盛りにしていた。
基本的にすべての料理を半分ずつ食べた。
開始から30分経つか経たないかで、早くも夫が弱音を吐いた。
「もうお腹苦しい。」
言いながらベルトをゆるめる。
「食休みしてくる。」
息子を抱いてレストラン内を散歩しに行く夫。
妻は夫の姿を遠目に見つつ皿を空けていく。
すっきりしていることが好きな妻は、なるべく皿は少なく、かつ余分なものは下げてもらいたいと思う。
少なくなってきた皿から料理を別の皿に移す。
そうやって空いた皿は邪魔じゃないところへ置く。
そうこうしているうちに、3つあった大皿は1つになっていた。
夫が片手に息子、片手に小さな皿を持って帰ってきた。
「しゃぶしゃぶあった。」
「いいねえ。」
しゃぶしゃぶをつつく夫婦。
「あっちでパスタあったよ、頼めばできたてを作ってくれるんだって。」
「俺もう無理。ローストビーフかしゃぶしゃぶならたべたいけど。」
「じゃあ今度は私が行ってくるね。食休み。ついでに取ってきてあげる。」
息子を抱いて妻が立ち上がる。
見送る夫は、妻が希望以上のものを持って帰ってくることを知っていた。
案の定、戻ってきた妻は、しゃぶしゃぶの他に、新たにパンが4種類乗った皿を持っていた。
再び黙々と食べ始める夫婦。
しばらくすると妻が立ち上がる。
「デザートとってくる。」
妻はケーキ6種類、マシュマロとバナナのチョコフォンデュ、ソフトクリームを持って帰ってきた。
夫は無口になっていた。
息子がぐずりはじめる。
「散歩してくる。」
息子を抱いて再びレストラン内を歩き出す夫。
妻は最後の大皿に取りかかった。

数分後、夫が戻ってきたとき、妻はデザートを食べていた。
そして、料理がたっぷり残っていたはずの大皿の上は、稲荷寿司のみになっていた。
「おいなりさんたべてね。」
それが親切でないことを夫は知っていた。
「また腹にたまるものを残して・・」
「ケーキ、全部半分たべたから、残り食べてね。」
皿を受け取る夫の笑顔の裏に
『もう食えねえよ』
という叫びが隠されていることを妻は知っていた。
笑顔を返す妻の心に
『いいから黙って全部食え』
という脅迫じみた声が隠されていることを夫は知っていた。
夫は泣きそうになりながら皿の上のケーキを眺めた。
「・・どれがおいしかった?」
「全部。」
「・・・。」
「紅茶入れてきてあげるね、あったかいの。」
妻は立ち上がった。

二人分の紅茶を持って帰ってきた妻は、ケーキが2種類しか減っていないことに気がついていたが、黙っていた。
時間は残すところ30分となっていた。
二人はゆったりとあたたかい紅茶を飲んだ。
「お腹いっぱい。幸せ。」
「ほんとだね。」
夫の目にも、妻は満ち足りているように見えた。
隣にいた4人組の主婦はとっくに店を出ており、新たな客が座っていた。
妻は紅茶をおくと、紙ナプキンで口をふいた。
「じゃあ。」
そろそろ行こうか、
そんな妻の言葉を予想して、夫は腰を浮かしかけた。
しかし、次の瞬間妻の口から出た言葉に夫は凍りついた。

「私パスタ取ってくるね。」

唖然とする夫を残し、妻はパスタを作るシェフのもとへ走っていった。
息子が空腹のためか、いよいよ泣き出す。
泣き叫ぶ息子となだめる夫。
妻はパスタを受け取ると慌ててテーブルに戻ってきた。
「ごめんね、すぐ食べるから。もうお腹いっぱいだし、たぶん一口しか無理。」
そう言いながらパスタを食べ始める妻。
ものの数十秒で皿は空になっていた。
妻は未練なし、といった様子でさっさとコートを着込んで立ち上がると、夫から泣き叫ぶ息子を受け取り
「行こうか!」
と、笑顔で出口に向かっていった。
夫は取り残される形で呆然と妻を見ていたが、我に返ると急いでコートを手に取り、空のベビーカーを押しながら妻を追いかけていくのであった。

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